千年紀資本主義とスピリチュアル・ブーム

 人類学者のジーン・コマロフとジョン・L・コマロフが提起した「千年紀資本主義」論という議論があります。最もまとまった論考は、コマロフ夫妻が編集した『千年紀資本主義とネオ・リベラリズムの文化』(デューク大学出版、2001年)の「序論:千年紀資本主義」です。簡単にいえば、20世紀末のグローバル化したネオ・リベラリズム市場経済――コマロフ夫妻はそれを「千年紀資本主義」と呼んでいます――が、世界中で増殖しているオカルト・ブームの原因になっているというものです。千年紀資本主義、すなわちネオ・リベラリズムの下で加速している新資本主義の特徴は、富の蓄積の基盤を生産ではなく株や証券の売買などの投機的取引に置いており、成功すれば巨万の富を得られるが失敗のリスクも大きいというカジノ的性格があること、グローバル化による資本と労働の移動の加速化の結果、若い男性の雇用状況が世界的に悪化したこと、資本と労働が長期的に一つの地域で向き合うことがなくなった結果、階級意識が低下し、労働力が生身の人間であるという認識が希薄化したこと、個人が自由に商品を選択できる消費者としてのみ規定されることなどが挙げられています。
千年紀資本主義は、想像を絶する富を蓄積する個人を生み出す一方、他の個人の仕事を一瞬にして奪います。ローカルな社会に生きる人々にしてみれば、そのようなグローバル化したネオ・リベラリズム市場経済が見えないものであるため、人知の及ばぬところで自分たちの命運が左右されているように感じられます。このような魔術的影響をもつ千年紀資本主義が、先進国でのオカルト的ビジネスの隆盛から、アフリカの妖術信仰の増加、ラテンアメリカの子供の臓器売買、ロシアの新興宗教ヴィサリオン、そしてブラジル生まれのユニバーサル教会にいたるまでオカルトの温床となっているというわけです。つまり、オカルトこそ、急速な富の蓄積とその結果の格差社会の到来や、雇用条件の悪化を説明してくれるというわけです。
コマロフ夫妻の「千年紀資本主義」論は、1980年代以降の世界中のすべてのオカルト現象を、新資本主義のカジノ的性格=オカルト的性格で説明しようとする点で、乱暴なものということは否めないでしょう。メディアでブームとなっているオカルト現象と、ローカルな社会において外部からの影響をローカル化するための妖術現象を一緒にしている点は、この議論もまた「真正性の水準」を無視した議論となっています。すべてを説明してくれる気がすることに、この議論の魅力もあるのでしょうが。
ただ、ここでは、その議論を批判することが目的ではなく、ネオ・リベラリズム期の新資本主義が、現在の日本の「スピリチュアル・ブーム」をどれくらい説明してくれるのかということを考えたいと思います。というのは、コマロフ夫妻の「千年紀資本主義」論は、真正な社会でのオカルト現象(それが増加しているわけではないということを含めて)を説明するのに見事に失敗していますが、メディアを媒介した非真正なレベルでのオカルト・ブームを説明するのにはある程度は成功していると思うからです。コマロフ夫妻が指摘していない自己選択=自己責任のイデオロギーとの関連やポストモダニズムの影響、そして新資本主義と関係していると思われるカウンセリングなどの「心理学主義」の強化などを考慮すれば、もっと緻密な議論になるかなと思っています。
しかし、現在の「スピリチュアル・ブーム」についてあまり知らないので(これまでの占いブームやオカルト・ブームとどこが違うのでしょうね)、材料を手に入れようと、まず、それを扱った香山リカさんの『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(幻冬舎新書)を買いに行ったのですが、寄った3店の本屋では品切れで買えませんでした。そのうち、その本やいわゆる「スピリチュアル本」を手に入れたら、続きを書きましょう。