磯野真穂『医療者が語る答えなき世界』を読む

磯野真穂『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』筑摩書房(ちくま新書)2017年 ISBN978-4-480-06966-5 若手の人類学者の一般向けの本を読むシリーズの第二弾は、磯野真穂さんの2017年刊の本です。磯野さんはこの後も、がんで亡くなった哲…

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』を読む

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』ミシマ社、2017年 ISBN978-4-903908-98-4 ブログを休んでいる間に、1970年代後半生まれの若い人類学者で、学界向けだけでなく、一般向けに本を書いて出版賞を取ったり、一般雑誌や新聞などで発信したりする人たちが登場し…

「新しい生活様式」と「生命崇拝」――アガンベンとイリイチから学ぶこと

そろそろCOVID-19パンデミック以外の話題を、と思っていたのですが、結局、まだコロナ禍の話です。「新たな日常(ニュー・ノーマル)」ないしは「新しい生活様式」の問題点について、まだ十分に考えていないと思ったからです。「Yahoo! ニュース みんなの意…

ハキム・ベイの『T.A.Z.』を読む

ハキム・ベイ『T.A.Z.:一時的自律ゾーン、存在論的アナーキー、詩的テロリズム[第2版]』箕輪裕訳、インパクト出版会、2019年11月 ISBN978-4-7554-0278-4 この本は、1997年に出た第1版の訳書に原著の第2版(2003年出版)の前書きを加えた改訂版と…

ジェームズ・C・スコットの『ゾミア――脱国家の世界史』を読む

ジェームズ・C・スコット『ゾミア――脱国家の世界史』佐藤仁監訳、みすず書房、2013年9月ISBN978-4-622-07783-1 ブログを休んでいた10年のあいだに出版された人類学の文献の中で最も重要な本の一冊として、ジェームズ・C・スコットの『ゾミア』(原題は『統治…

『新型コロナ19氏の意見』の2人の人類学者のエッセイを読む

再開以前はこのブログの読書ノートに人類学の本は取り上げないという方針でした。それは、専門的になりがちだからという理由と、人類学の文献については大学のゼミで取り上げたり授業のなかでコメントをしたりしていたからでした。けれども、今後は人類学の…

「新しい日常」と具体的な他者への配慮としての倫理

また、COVID-19の話です。タイトルは別にしましたが。 さて、東京都など首都圏4都県と北海道に出されていた緊急事態宣言も解除されることになりました。気持ちや行動をどのように変えればいいのか(しかも段階的に!)、よく分からないというのが正直なとこ…

人類学的視点からみたポストCOVID-19社会(3)

今回は、「人類学的視点からみたポストCOVID-19社会(1)(2)」の続きです。そこでは長くなりすぎるので省いた話やその後の論考を読んで考えたことなどを書きたいと思います。 今回のパンデミックに限らず、恐慌を含めた大きな災害があると、たいていその…

日本の「奇跡的で奇妙な成功」

2か月以上も何もアウトプットしていなかった反動か、しはじめると調子に乗ってつづけたくなります(ツイッターじゃないんだからそんなに頻繁にしなくてもね)。今回も新型コロナウイルスの話ですが、前回までとは違った角度からの話をします。 共同通信によ…

人類学的視点からみたポストCOVID-19社会(2)

前回、〈コモン=共〉における相互扶助(「共助」)による社会のあり方に目を向けることが、ポスト・コロナ社会を考えるうえでも重要な人類学的視点となるというところで終りました。今回はその続きです。〈コモン=共〉について、ネグリとハートは、『コモ…

人類学的視点からみたポストCOVID-19社会(1)

およそ10年と7か月ぶりにブログを再開することにしました。今年の3月31日に大学を定年退職して、大学教員にとって日常的なアウトプットであった授業がなくなって、そろそろ何かを発信したくなってきたというのが再開の理由です。そもそもこのブログを始め…

C・ダグラス・ラミス『ガンジーの危険な平和憲法案』を読む

C・ダグラス・ラミス『ガンジーの危険な平和憲法案』集英社新書、2009年8月刊 Isbn:9784087205053 不思議な本でした。 ガンジーの独立についての構想の異様ともいうべきラディカルさは、今回のこの本ではじめて知りました*1。それだけでもこの本は読む価値が…

レヴィ=ストロース追悼

レヴィ=ストロースが10月30日に亡くなったというニュースが今朝はいってきました。コメントでもそのことを書かれた人もいましたね。去年11月に100歳の誕生日を迎えたときも寝たきりになっていたので、ああやっぱりそうなのかという感想でした。「祝 レヴィ…

池内了『疑似科学入門』を読む

学部のゼミのM君がゼミ論文のテーマを「疑似科学と呪術」とするというので、ゼミで発表してもらいました。その発表のなかで、「疑似科学」とは何かということを説明するのに、M君が池内了さんの『疑似科学入門』のなかの分類を批判的に紹介してくれたのです…

祝100回記念! といっても何もないけど。

このエントリーが、このブログの100日目になります。パチパチパチ。2006年12月30日に開設したので、34カ月、約1000日で100日、10日に1回というペースは目標としていた週1日に及びません。でも、知り合い以外はほとんど読んでいないのではと思うこともあり、…

宗教紛争と「客体化された宗教」

いま大学院の授業で、関根康正さんの『宗教紛争と差別の人類学』(世界思想社、2006年)を講読しています。この本のなかで、関根さんは、インドの今日の宗教紛争を招いているヒンドゥー・ナショナリズムとイスラーム主義双方の「コミュナリズム(宗教対立主…

再び女子割礼/女性器切除FGMについて

前々回のエントリーで、私が調査している西ケニアのクリア社会の女子割礼のことを取り上げました。人道的介入を訴えるFGM(女性器切除)廃絶論者と文化相対主義に立つ人類学者の断絶を少しでも埋めて対話がなりたつようにという意図もあって書いたのですが、…

子ども手当に所得制限って、左翼小児病?

民主党のマニフェストの目玉の一つである「子ども手当」について、所得制限を設けるべきという声があがっているようです。政権発足後すぐに、与党である社民党の福島みずほさんが、子ども手当には所得制限を設けるべきだと発言しましたし、自立生活サポート…

西ケニアにおける「女子割礼」について

アフリカの女子割礼について話題になっているようです。私は、ケニア西南部とタンザニア西北部の国境をまたいだ地域に住んでいるクリアという民族について、西ケニア側で現地調査をしており、1990年代後半に、クリア社会の男子割礼と女子割礼の調査をしたこ…

大塚和夫さんのこと

前回のプログ更新から4カ月半以上たちました。長らく更新しなかったのは、怠け病のせいもありますが、最も大きな理由は、今年の4月29日に大塚和夫さんが亡くなられたことにあります。前回のエントリーは訃報を聞いた直後でしたけれども予定していた原稿を載…

「『社会の二層性』あるいは『二重社会』という視点」をアップしました

いつのまにか5月ですね。いま、真正性の水準の帰結である「二重社会」という視点の意義について、1冊の本を書いています。論文を集めたような学術書ではないのですが、少しでも学術的な部分を含んだ本を書くとなると、たとえば、これまで似たようなことを…

「二重社会」の視点から内山節さんの著作を読む

「二重社会」ないしは「社会の二層性」という視点から、内山節さんの著作を読み直してみたいと思います。これは、二重社会論・社会の二層性論を明確にするための作業でもあります。 その前に、「二重社会」ないしは「社会の二層性」という視点について、ここ…

内山節『怯えの時代』を読む

内山節『怯えの時代』新潮社(新潮選書)2009年2月20日発行 Isbn:9784106036293 内山節さんは、私が現在もっとも関心を寄せている哲学者です。東京と群馬の上野村という山村の「二重生活」をしながら書かれた、『「里」という思想』(新潮社、2005年)、『…

「卵と壁」と社会の二層性

話題となっていた村上春樹さんのエルサレム賞受賞講演について書こうと思っていながら、つい忙しさにかまけて時期を逸し、書きそびれてしまったなと思っていたら、きょうの毎日新聞の夕刊とサイトに講演の英文と日本語訳(夕刊は日本語訳だけですが)の前半…

水村美苗『日本語が亡びるとき』を読む

悪い癖でもあるのですが、ベストセラーや話題となっている本にはどうも食指が動きません。『バカの壁』はついこの間読んだばかりですし、『生物と無生物のあいだ』や『悩む力』は買う気もまだ起こりません。養老孟司さんや姜尚中さんの本は『バカの壁』や『…

若い世代のレヴィ=ストロース

河出書房新社から『道の手帖 中島敦』が送られてきました。河出の編集者に知り合いはいないので「はて?」と思って開けると、松本潤一郎さんからの献本のようです。松本さんとも面識がないので、二度目の「はて?」。 謎を解くべく掲載されていた松本さんの…

景気対策とは別に必要なこと

報告書用の論文の原稿が一息ついたので(とは言っても書き終えたのではなく、締切を1か月伸ばしてもらっただけですが*1)、久々に2日連続のエントリーを。 政府や政治家の景気対策や雇用対策はどうも変な方向に行きがちになってきました。政府のほうはとい…

子どもに左翼になってほしいと願うこと

2009年最初のエントリーは、心に残っている言葉を紹介したいと思います。発言者は、アメリカの哲学者リチャード・ローティです。どんどんナショナリストになりつつあるローティの書いていることには批判的になることが多いのですが、つぎの言葉は腑に落ちま…

2008年「今年の5冊」

年の瀬もいよいよ押し詰まりましたが、12月末締切りの原稿がまだ2つ溜まってしまっています。毎年のように「年末締切」の原稿があり、年々増えていきます。これはひとえに「オーディット・カルチャー」のせいです。学振(科研費)や共同利用機関や大学の共…

祝クロード・レヴィ=ストロース100歳の誕生日

きょう11月28日は、クロード・レヴィ=ストロースの100歳の誕生日です。予定原稿でも作っておいて気の利いたことでも載せればよかったのでしょうけれども、行き当たりばったりで。 主著の『神話論理』の最終巻(神話論理4)の第一分冊の『裸の人1』はよう…