子ども手当に所得制限って、左翼小児病?

 民主党マニフェストの目玉の一つである「子ども手当」について、所得制限を設けるべきという声があがっているようです。政権発足後すぐに、与党である社民党福島みずほさんが、子ども手当には所得制限を設けるべきだと発言しましたし、自立生活サポートセンター・もやいの湯浅誠さんも、『毎日新聞』2009年9月8日夕刊の「特集ワイド」の記事でのインタヴューのなかで、所得制限のない子ども手当を「まるっと支援」と呼び、「一億中流は崩れたのに、階層の発想がない」と批判しています。
 再分配すべき財源が一定なのに、金持ちに再分配するなんて無駄だという左翼らしい発想ですが、このブログで「ベーシック・インカムを!」と提案している私としては、このような発想は困ります。「0歳から死ぬまで、金持ちにも貧困層にも、なんの区分・制限なしに、一人当たり一律月10万円支給」なんて言ったら、「なんで限られた財源から金持ちにまで支給するのか」「階層の発想がない」と言われることになるわけですから。
 ちなみに、『毎日新聞』2009年9月24日夕刊の「特集ワイド」での中堅・若手官僚へのインタヴュー記事のなかで、経済財政関連省庁のある若手官僚は、「子ども手当や高校無償化がなぜ年収1000万円以上の世帯にも必要かわからない。低所得者に手厚く配分するのが、国の役割では」と語っています。若手官僚のなかにも左翼がいることがわかって心強いかぎりなのですが、ミーンズ・テスト(所得や資産を調べて、受給資格を審査すること)なしの普遍的な支給が重要となる「ベーシック・インカムのある社会」を目指すためには、このような発想はやはり問題となります。
 ミーンズ・テストによる所得制限のどこが問題なのかは、ベーシック・インカムを論じたいくつかのエントリーに書きましたが、子ども手当に即して再論しておきましょう。問題は主に3つあります。
1) 「貧困の罠」
2) 「事務コスト」
3) 「受給のスティグマ
です。
 低所得者に厚く配分するという「階層の発想」で所得制限を設けるときには、前年度の所得を世帯ごとに調査して、たとえば500万円以下の世帯に支給するということになるのでしょう。「貧困の罠」というのは、共働きで前年度の世帯収入470万円、子ども2人という世帯が、翌年に年62.4万円の子ども手当をもらっているとして、ちょっとがんばって働いて世帯収入が510万円になりそうだとなったら、次の年から子ども手当をもらえなくなり、収入は減ってしまいます。となると、合理的な行動は、働くのを制限して、世帯収入が500万円を超えないようにするというものです。つまり、所得制限の社会保障支給があるために低所得から脱け出すことができないというのが、「貧困の罠」です。
 だったら金持ちだけを制限するために世帯所得1000万円以下に支給すれば、となりますが、今度はそれによって節約できる「無駄」はたいして多くありません。前年度の世帯所得を調べて審査するという事務コスト*1を考えると、節約にはあまりならないのではないでしょうか。
 最後に、「受給のスティグマ」について。これは経済学者がほとんど無視する問題ですが、社会学的には重要です。とくに日本社会のように、「自己決定・自己責任」論の強い社会では、低所得者層向けの支給を受けること自体が、低所得者に、「本当は、自分でなんとかしないといけないのに、自分は他人の世話になってしまっている」というスティグマを烙印してしまいます。
湯浅誠さんなら、生活保護を受けることなしにぎりぎりまでがんばってしまう貧困層を大勢みているはずなのに、「まるっと支援」を否定しているのはどうしてなのでしょうか。「まるっと支援」こそ、自己決定・自己責任論からくる「受給のスティグマ」を解消してくれる一つの道なのに。それが左翼の「貧困層に再分配を」という思想に反するからだというのは、左翼小児病と言われても仕方ないでしょう。
 先の若手官僚が「低所得者に手厚く配分するのが、国の役割では」と言っていることには賛成します。そして、金持ちに子ども手当が必要ではないというのも正しいでしょう。限られた財源では、そう主張したくなるのも当然かもしれません。それについてはどうしたらいいか。簡単なことです。ベーシック・インカムのエントリーでも書きましたが、金持ち減税を止めて、所得税累進課税を再び強化し、相続税も高くすればいいわけです。左翼ならば当然そう主張すべきでしょう。
 累進課税をやめて金持ち減税をしたときに、「がんばっている人に報いる社会」、「金持ち減税しないと海外に移住してしまう」、「一握りの金持ちが社会全体の経済を引き上げていく」といった、ほとんど根拠のない理由がもちだされていましたが、いまそんなことを信じている人もいないでしょう*2。しかし、財源を問題にするときに、いまでもマスコミや評論家は消費税の増税しかいいません。消費税は累進ではなく逆進性の税です*3。左翼までがそうなってしまっているとしたら、左翼小児病以前かもしれません。

*1:私にはどれくらいになるのか、想像もつきませんが。そういうことを計算するのが官僚の役割なのですが。

*2:法人税増税だと企業は拠点を海外に移すことはあるでしょうが、個人の所得のばあい、人間関係を含めて環境依存度が高いので簡単に海外に行って同じだけの所得をえられる人はそんなにいないでしょう。さらに言えば、高収入の人は、インフラ整備など自分の仕事の環境が整えられているという形で、社会や国からかなりの再配分を得ているわけです。それを、「自分個人の能力で稼いでいるのであって、社会や国から支援されているわけではない、がんばらずに社会保障など再分配されているのはけしからん」と言っているのはどうかと思います。

*3:逆に子ども手当のような一律支給は累進性の性格をもちます。