税金を払わない人に金券を配ると合法的買収?

 11月4日の毎日新聞夕刊の「牧太郎の大きな声で言えないが…」というコラムで、次のようなことが書かれていました。

 追及すべきは「税金を納めない人にも一律に定額給付する経済政策」である。税金を払わない人にまで金券を配る。大枚2兆円。選挙前の合法的買収行為じゃないのか。

ネタとしても、このネタを構成する理屈がわかりません。税金を払った人に配るのは「減税」だから合法的買収にはならないっていうことなのかな。まあ、「合法的買収行為」なんで行為はないと言ってしまえばそれまでですが、あえてそう言いたいのならば、選挙前の「減税」の公約だって同じことでしょう。選挙前に税金を払っている奴にお金を渡すと買収ではなくて、払っていない奴に渡すと買収に近いっていうのは、どこから来た考えなのでしょうね。たぶん理屈ではなく、「税金を払っていないなんてけしからん」、「どうせ働いていないんだろうから、そんな奴にまで金をやるな」という感情からの発言なのでしょう。大新聞の専門編集委員までがそのような感情をもっていることを考えると、ベーシック・インカムへの道は険しそうですね。
 減税ではなく税金を払っていない人にまで金券を配るというのは、経済政策としてはいちおう理屈が通ります。一時金だから(それに前のエントリーに書いたように、3年後の増税とセットとなっているから)たいてい貯蓄してしまう恐れがありますが*1、貯蓄に回す余裕のない人たちはその分をしっかり消費してくれるでしょうから。
 ただ、現在の案は世帯単位に配るようですが(高所得者は除外という話も出ていました)、どうせならついでに、生まれたての赤ちゃんを含めて個人単位で配れば少子化対策という名目も立つでしょう。もちろん、一時金ですから、いまからそれに合わせて子どもをつくるような人はいないでしょうが(そもそも間に合わない!)、恒常的な子育て支援と合わせて、何かにつけてお金を配る時には個人単位にして子どもにも配れば、子どもを持とうする人も少しは増えるでしょう。少子化担当大臣である小渕優子さんもそのように主張すれば、存在感が出ますよ。もちろん、なんで子どもにまで配るんだ、子どもがいない家庭を差別している、子どもを産まないライフスタイルの選択を阻害するという反対意見も出てくるでしょうが、もし少子化が深刻な問題であるとすれば(だから担当大臣がいるのでしょう)、そして子育てに費用と時間とその他いろいろがかかることを考えれば、子どもを育てるという社会的に有益な仕事をしている人にその費用の一部を支払うのは当然という理屈は成り立ちます。第一、選挙権のない子どもにも配れば、「合法的買収」と言われずにすみます!
 まあ、いずれにしろ、少ない一時金だから効果はほとんどないでしょうが、0歳から個人単位に配るということは、ベーシック・インカムへの地ならしにはなります。ベーシック・インカムならば、子ども一人いるだけで月10万円がその世帯に所得として入ってくるわけで、子ども1人増える費用(家賃とか食費とか教育費)を考えても、子どもを産んで育てる大きなインセンティヴにはなると思いますが。もちろん、子どもに支給されるのであって、親に支給されるのではないのですが、子供へのお年玉も親が管理するといって子どものために使うのは合法(?)ですから(パチンコに使っちゃダメですが)。
だから家族が大事、子どもを育てるのが大事という保守派にも受けるはずですが、この個人単位の支給には、子どもの権利という面で進歩派にも受ける点があります。もし、子どもに支給されたベーシック・インカムを親が自分のために使ったり虐待したりしたら、家出をするという手がありますからね。中学生くらいなら公園で「ホームレス中学生」にならなくてもルームメイトとシェアすれば暮せますし、小学生なら月10万の持参金に目がくらんだ親戚が引き取ってくれるかも(でも、そんな親戚イヤか)。どちらにしろ、労働者と同じく、ちゃんと育てないと出て行くぞという立場に子どももたてます(これだと、保守派には受けないでしょうけど)。
 このように、保守派にも進歩派にも受ける部分があるのがベーシック・インカムの特徴ですが、その特徴は裏返せば、保守派にも進歩派にも受けが悪い部分があるということで、賛成が薄く広くなっていく理由も、またなかなか厚く広がらない理由も、そのあたりにありそうです。ただ、ベーシック・インカムには、多様性を認めているようにみえながら実際にはそれら単一の基準で均してしまい、不採算の道を選択したのは自己責任だという現状の「自己決定」のイデオロギーを超えて、そのような単一の基準とは無縁の多様性を実現できる可能性があるということは言えます*2。そして、そのことはとても重要なことだと思うのですが。

*1:もちろん、期限付きのクーポン券で配るのでしょうけれども(昔の地域振興券と同じですね)、給与などの定常所得のほうからその分を貯蓄にまわすだけということになります。追記:朝刊を見ると期限付きクーポン券ではなく、現金で給付するようになりそうとか。夕方に起きて先に夕刊を読んだので失礼しました。クーポン券は印刷したりどこで使えるか決めたり、大変ですものね。でも、現金だとますます使ってもらえないかもしれませんね。

*2:10月25日の「ベーシック・インカムについて(補遺)」の記事http://d.hatena.ne.jp/oda-makoto/20081025#1224968274を参照してください。