2008年「今年の5冊」

 年の瀬もいよいよ押し詰まりましたが、12月末締切りの原稿がまだ2つ溜まってしまっています。毎年のように「年末締切」の原稿があり、年々増えていきます。これはひとえに「オーディット・カルチャー」のせいです。学振(科研費)や共同利用機関や大学の共同研究プロジェクト等の成果報告書を年度内に出すために年内締切りとなるわけです。補助金をもらっている以上、成果報告論集を出すのは当然ということになっていますが、本当の意味での研究成果はそう簡単に出るわけはなく、時間が必要なのですが、細切れの成果報告書を書く時間のために消化・熟成する時間がなくなってしまうということになりかねません。と、愚痴を言っていても仕方ないので、本題に。
 さて、年末になったので、非恒例の「今年の5冊」を発表します*1。今年出版された本で私が読んだものの中から、印象に残った本を5冊選んでみました。
今年も本の購入金額は300万円くらいになっているだろうし(これも個人研究費の図書費以外の私費購入分は計算していませんが)、そのうち今年出た新刊が3分の1ほどだとしても、500冊くらいにはなっているでしょう。500冊からの5冊というと、けっこう信頼性が高いと思われると困るので急いで付け加えると、そのうち読んでいるものはたぶん200冊ほどで、最後まで読んだのはその半分くらいかな(もちろん数えたりしていませんからそんな感じってことです。だんだん信頼性がなくなってきましたが)。
 また、対象となる範囲ですが、このブログの読書ノートでも、自分の専門である文化人類学の本や学術的な専門書、そして洋書は、評が専門的になりすぎるという理由で外していますので、この「今年の5冊」からも外しました。何を読んだかという記録もつけていないので、忘れて落ちてしまっているのもあると思います。そうなると何冊のなかから選んでいるんだって話になりますが、まあ10冊のうちの5冊ってことはないと思います。
なお、「今年の5冊」が恒例になる保証はまったくありません。

2008年の「今年の5冊」

1.ジグムント・バウマン『新しい貧困――労働、消費主義、ニュープア伊藤茂訳、青土社
2.ジョック・ヤング『後期近代の眩暈――排除から過剰包摂へ』木下ちがや/中村好孝/丸山真央訳、青土社
3.富山太佳夫『英文学への挑戦』岩波書店
4.内田樹『ひとりでは生きられないのも芸のうち』文藝春秋
5.ジル・ドスタレール『ケインズの闘い――哲学・政治・経済学・芸術』鍋島直樹/小峯敦監訳、藤沢書店

 先に書いたように原稿書きに追われていてひとつひとつの本の解説をする時間がないので、全体の選評を書いておきます。全体としては、2007年と比べて、2008年は自分にとってなにかこれといった本がなかったなあという感じです。2007年には、加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』や樫村愛子ネオリベラリズム精神分析』などの印象に残る力作があったし、実は今年読んだ本の中で最も印象に残っている2冊は、宇野重規トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社)と小野善康『不況のメカニズム』(中央公論新社)でしたが、両方とも2007年の刊行です。
 これは、今年刊行の本の出来が悪かったということではなく、いまの自分の関心とぴったりくる本が少なかったということです。今年の5冊に入ったなかで、1の『新しい貧困』と2の『後期近代の眩暈』、4の『ひとりでは生きられないのも芸のうち』は、来年度の講義のテーマを「仕事と労働」にする予定で、それを考えるのに役立ったので印象に残っているというわけです。
 あと、リチャード・セネット『不安な経済/漂流する個人』(大月書店)も入れたかったのですが、あまりに同じ傾向の本が並ぶので落としました。Z・バウマンの本は今年4冊も翻訳が出ました*2。1・2・4とこれらの本は、いずれも新資本主義のイデオロギー批判といえるものです。
 3の『英文学への挑戦』はエッセイと論文を集めたもので、好きなところから読めるし、どこを読んでも刺激的です。私にとっては、著者のいまだあくなき知的好奇心が一番刺激的でした。5の『ケインズの闘い』は経済学者の書いた本です。経済学書では、竹森俊平『資本主義は嫌いですか』(日本経済新聞出版社)も面白かったのですが、資本主義は嫌いなのでこちらを選びました。金融危機後、欧米の経済学者たちがこぞってケインズへの回帰を謳う現在、結果としてタイムリーな出版となりました。
 

*1:過去に2回だけ雑誌と書評紙に「今年の3冊」というアンケートを頼まれたことあるけど、最近は頼まれないなあ。

*2:あとの3冊は、『コミュニティ』(筑摩書房)、『リキッド・ライフ』(大月書店)、『個人化社会』(青弓社)です