エルヴィスとチャック・ベリー

 「黄色い犬」さん、いつもコメントありがとう。「黄色い犬」さんは、

ところでエルヴィスとは逆のパターンになるかもしれませんが、チャック・ベリーは白人の若者に受け入れられましたが、それは、それまでの黒人音楽が女に逃げられたとか女に逃げられたとか女に逃げられたとかばっかり歌ってたのに、チャックはギターが神業にうまい少年の話とか、スクールライフとか、恋物語(ブルースのはやったとか逃げたとかとられたとかそういうなまなましいのが多いですが、そうじゃなくてもっと「子どもらしい」恋の話)などなど、白人の少年にも「身近な」歌を歌ったからだという話を読んだことがあります。

と書いていますが、「ロックンロールの神様」チャック・ベリーはもちろん「エルヴィス神話」によく登場します。真にロックを創造した才能豊かなチャック・ベリーは不幸にして黒人だったため、黒人のまねをする才能しかない白人のエルヴィスに商業的成功をさらわれたという風に。チャックのほうを優れたアーティストとするのが「政治的に正しい」わけです。
 ただ、チャック・ベリーが、白人にも「身近な」歌を歌ったから白人の若者にも受けたというのも「チャック神話」かもしれませんね(チャックの信奉者であるジョン・レノンもそのようなことを言っていたと思います)。BBキングだってファッツ・ドミノだって、女に逃げられたって歌しか歌っていないことはないでしょう。
 チャック・ベリーのデビュー曲「メイベリーン」はもともとカントリーの曲です。まあ、それだけなら、ちょうどエルヴィスと逆方向に同じような異種混淆をしたという話になります。けれども、1940年代ですでに、リズム&ブルースとカントリーは互いに影響しあっていたのですが、それがロックンロールのように「一つの共通の場」とならなかったのは南部の人種隔離の「壁」のせいだったということでしょう。壁の両サイドで影響しあっていたけれど、それをけっして両方とも認めていなかったというわけです。
 1950年代に若者たちの間でこの「壁」を崩す要因のひとつとなったのは、ラジオだったとバートランドは言っています。テレビの出現で、テレビのほうがはるかに利益大きいことを知った全米ネットワークの放送局は、ラジオから撤退します。するとローカルのラジオ局はその空白を黒人番組で埋めるようになり、黒人向けのラジオ局が誕生します。エルヴィスやチャックの音楽はこの黒人ラジオ局の黒人人気ディスクジョッキーが流し、50年代に黒人ラジオ局を聴くようになった白人の若者もそれらの曲を聴き、コンサートにも詰めかけるようになって、「共通の一つの場」が誕生するということみたいです。それが階級的にはほとんど同じ労働者階級における「自らを表現する共通の道具」としてのロックの誕生となるのですが、それには、音楽における双方からの異種混淆とともに、接触領域(コンタクト・ゾーン)である「共通の場」が不可欠だったということでしょう。